プログラミングのパラダイムが変わる今こそ、

深層学習を学ぶ絶好の機会

Preferred Networks
西川社長インタビュー

Preferred Networks西川社長

今やAI、機械学習、深層学習といった用語はテレビや新聞、オンラインメディア等で毎日のように目にし、耳にします。その一方、用語として聞いたことはあるけれど、それは何で、どのように使えるかについて正しい知識を持っているという人はまだまだ多くはないというのが現状です。
今回、深層学習とロボティクス領域の研究・開発と成果発表で世界をリードし、トップレベルの技術チームを率いて実用化を急速に推し進める株式会社Preferred Networks 西川徹社長に、現状や今後についてお話を伺いました。

子どもから大人まで、
深層学習を学ぶチャンスは
世界に開かれている

2019年9月、全国の小学校で推進された「未来の学び プログラミング教育推進月間※1」に対して教材を提供されていますが、これまで機械学習、深層学習の領域で世界のトップを走ってきたPreferred Networks (以下、PFN)が、このタイミングで子どもの教育に取り組むきっかけや思いをお聞かせください。

ロボットを始めとして、これからもっともっとコンピュータが世の中にあふれていくと考えています。コンピュータの力によって人々ができることが増えていくのは間違いなく、その世界ではプログラミングが基本的なスキルになっていくと思います。
プログラミングを義務教育化することで誰もがプログラミングスキルを身につけられることはよいことですが、一方で、我々が子どものころにパソコンを触った時のような特別感やワクワク感が薄れ、ありふれた存在になってしまうと、果たして子供たちはプログラミングを面白いと思ってくれるのか?という懸念もでてきます。

プログラミングは自分たちの可能性を拡げられる、機械の持つ可能性を最大限に引き出すことのできるような道具であり、重要な考え方であると知ってほしいし、自分たちが経験してきたように、楽しみながら身に着けてもらいたいと思い、プログラミング教育に力を入れています。
今後、深層学習の分野がどんどん発達していくと、人と機械、どちらが優秀かといった議論が出てきます(今も出ていますが)。しかし、人間が機械を使いこなしきって、コントロールしながら育てていくことができれば、機械は人間を助ける重要なツールになることは間違いない。コンピュータは脅威ではなく、道具として活用できる、そういう時代にしていきたいと思っています。人間の能力には際限がないと思っています。

お片付けロボットが、日常生活とロボットを結びつける

子どもたち向けの教材ではパーソナルロボット「お片付けロボットシステム」が登場していますが、「お片付け」をテーマにしたのはなぜでしょうか?

ロボットが出来そうで出来ていないことをテーマにしたいと考えました。実用的なタスクを解くロボットは、産業用ロボットという形で実用化されているものの、一般の人たちにはまだまだ遠い存在です。日常生活の中で人がやるには面倒な「お片付け」をロボットがちゃんとできることで、これから生活の中にロボットが入ってくるのだという世界観を示そうと思いました。

子どもに対しても社会人に対しても、ロボットのような実物があるのは学びの上でどういった良さがあるとお考えですか?

ロボットを教育に使うことは、難しい面もあります。ロボットは物理的なデバイスなので動かすのに時間がかかります。プログラミングは試行錯誤が必要なので、物理的に動くロボットを使うことで、試行錯誤のサイクルを遅らせてしまうという懸念はあります。本当にごく初期からロボットを用いるかについては議論の余地があるとは思います。
一方で、ロボットを使うことで、私たちは現実世界にアクセスできることを伝えたい。今のコンピュータプログラミングはバーチャルな世界に閉じています。ロボットもコンピュータの一つだと考えれば、画面の中のバーチャルな世界だけではなくて現実世界そのものをプログラミング可能、操作可能にしてくれる。そういった進化が今起きつつあります。現実世界の問題を解くためにロボットを活用できるし、それを動かすのはプログラミングなのだということを知ってほしいと思います。現実世界のロボットにはセンサーやアクチュエータがあって自由に動かすことができる、そういった感覚を身に付けて、創造力を拡げてほしいと思っています。

人が使える形にしてこその価値

AI、機械学習、深層学習といった用語をほぼ毎日目にするようになった今、機械や産業がつながり、データがつながることで新たな価値が生まれています。こうした世の中で、深層学習領域の研究開発、成果の発表は今後どのような役割を担っていくとお考えですか?

今はまだ「AIは重要そうだ」という感覚で広がっているような段階ですが、それを活かして実世界の問題を解く、人が使える形のアプリケーションを出していくことが極めて重要だと思っています。人が使える形になることで、より理解が深まっていくと思います。

この数年で爆発的に広がっていくAIを一般に近い層が概念を学び、認識し、新しいものとつなげようという理解を深めるというのは、何にとって重要とお考えですか。

AIと言っても、第一次ブーム、第二次ブーム・・・とあって、今、主流になっているのは機械学習と、その発展形である深層学習がブームを牽引しています。大きな変化は、プログラミングのパラダイム自体が今変わりつつあることです。昔のAIはルールベースで、そのルールの組み合わせで複雑な処理を人が簡単に書けるようにしたシステムというのが主流でした。今は、コンピュータの処理能力と優れたアルゴリズムの発展を背景に、データから挙動を学習するといったプログラムが可能になっています。例えば、物体を認識するプログラムを書く際、物体の特徴を人が入力する必要はなく、これはりんごだよ、ぶどうだよというのを例示してあげると帰納的にプログラミングができます。りんごの特徴はなんだろう?ぶどうの特徴はなんだろう?は機械が導き出してくれる。
深層学習は、帰納的なプログラムを可能にします。ルールを書くのではなくて、いろいろな事象を与えることによってプログラミングする。そういった手法はもっと複雑な処理を可能にします。例えば、自動運転のプログラムを組む時に、どのようにぶつかりそうなのかルールを全て書き尽くすことはほぼ不可能です。ロボットや車が現実世界で動くためには、環境の多様性に対応していかなければならないので、帰納的なプログラミング、データドリブンなプログラミングが必要不可欠になります。ソフトウェアの世界が変わりつつあることを知っていただく必要があると思っています。

これまでは人間が様々な条件を与えていた。ところが、今非常に話題になっている自動運転では、どこの道路を走るか、山の中か、海の近くか、街中かで、全く条件が変わってくるので、常に周囲からデータを取り込んでAI自体が学習しながらどんどん適応できる範囲を広げていくということでしょうか。

そうですね。

チュートリアルの公開に
込められた思い

AIが実用に値する、便利に使えるということをもっと知っていただくということで、2019年4月にはChainer のオンラインチュートリアルを公開され、2019年10月はアフレルと共同開発した新しい教材を公開されました。どなたでも利用できる形で教材を公開された意図を教えてください。

深層学習が広まっていく中で、より多くの人に深層学習に触れる機会をなるべく増やしていきたいと考えています。

関心を持った方が自分で探せば見つけられるということでしょうか。

それと、専門家である我々が制作・監修した教材が出回ることが重要だと思っています。我々は深層学習フレームワークのChainerを開発していて、深層学習を研究していて、本質を一番分かっていないといけないと考えています。その責務として正しく情報を伝えていって、一次情報ソースのような形でどんどん活用していただくのが重要だと考えています。
ほとんどの人にとって、深層学習はまだまだ新しい考え方なので、それを正しく理解するのは難しいです。我々も教材に関してはかなり表現に気を付けていて、学習したい人が正しい情報に触れ、正しい知識やスキルを身に付けられるようにサポートすることが極めて重要だと思っています。

Chainerのチュートリアルは、機械学習ではなく、まずPython入門や数学、微分など、始まっていますね。これは今のお話が背景にあって、正しい順番で身に付けて行くことで、より理解が深まる、活用の仕方を認識できるということでしょうか。

そうですね。プログラムを身に付ける時は「写経」(※2:公開されているソースコードを書き写すことで、プログラムの理解を深めようとするやり方)も重要ですが、理論的な背景を分かっていないと、単に写すだけで終わってしまうのですね。写すだけでは面白くないですね。なぜ動いているのかという原理を頭の中にイメージして、サンプルコードを読んでみる、試行錯誤してみることで、より本質的な理解が可能になると思っています。

ノウハウを教えるのではなくて、背後にある知識を得た上で、これからどんな風に活用していくかをご自分で考えられるような方たちに育っていってほしいということでしょうか。

そうですね。本質を理解するということは極めて重要で、本質を理解してたくさんの事例を知ることで、表現力の幅や創造力が拡がると考えています。

Chainerのチュートリアルを公開されて、何か具体的な反応はありましたか?

アクセス数がぐっと伸びているので出して良かったなと思います。

たくさんあるようでまだまだ情報が無いので、欲しがっている方はすごく多いのかなと感じますね。

そこはびっくりでしたね。こんなに必要とされているとは、想像以上でした。

AI人材と言われても何なのか、人によって想像している範囲は大きく異なっているので、今回公開されたチュートリアルがあると、ある程度、皆さんの意識を揃えて順を追って進めていけるのかなと、とても良い資料が公開されたと感じております。

子ども向けの教材ビデオ『自動化に関する技術』の中に、アニメのキャラクターや医療分野での活用など、かなり幅広い分野が登場していましたが、それは各技術者の方たちがぜひここをやりたいという思いで適用を考えているのでしょうか。

ケースによりますね。こういうの面白いからやってみたいと提案してもらって、それをやろうという場合も、経営陣が次はこの分野をこうやるべきだとトップダウンの場合も、両方ある。

面白さはどう判断されていますか?

直観ももちろんありますが、他社では実現が難しいような、技術的なインパクトがあるかどうかは非常に気にしています。
もう一つ重要視しているのは、いろいろな分野とシナジーを生めるか、懐の広い、包容力のある技術は非常に魅力があると思います。

短期間で人員を大きく増やされていますね。研究開発を重要視している会社で、一気にメンバーが増えるとコミュニケーションの大変さが出てくると思いますが、その辺りはどんな工夫がありますか?

そこはまさに今の課題で、どういう組織にしたらいかは日々考えています。

コミュニケーションをスムーズに、より深く、より早くするために、他の技術者の方とコミュニケーションする際に特に気を付けていることは何でしょうか?

お互いに尊重、尊敬の念をもつこと。謙虚になること。心理的安全性を高く保ったままコミュニケーションできるようにすることが円滑なコミュニケーションには重要かなと考えています。
技術者同士が、お互いに技術を高められるかどうかが極めて重要で、特にこれからハードウェアとソフトウェアが融合していかないといけないので、分野に閉じて活躍するだけではなくて、よりオープンになっていく必要がありますし、その中でも強みを育てていく必要があると思います。

既にチップは開発されていますが、ハードウェアの方にもどんどん進出されていくという方向性ですか?

そうですね。

現在、特に教材の開発と公開に力を入れているということで、学びたい、自分もやってみたいと考えている皆さんにメッセージをいただけますか。

プログラミングを勉強だと思わないで好きなだけ楽しんでほしい。プログラミングは、ここまでやれば終わりというものでは無いので、型にはまらないで好きなだけ楽しんでやってほしい。WEBサービスを作るのが好き、ゲームを作るのが好き、ロボットプログラミングやOSやコンパイラを書きたい人もいるでしょう。コンピュータサイエンスを学ぶことで、チャンスはたくさんある。どの分野をやっていても共通に必要となってくるのはプログラミングで、このスキルは伸びていきます。興味を持った分野を遠慮せずにどんどんやっていったらいい、学んで楽しいことはいっぱいあるので、それを貪欲に見つけてほしいと思います。

参考リンク

※1:未来の学び プログラミング教育推進月間 
https://mirapro.miraino-manabi.jp/
文部科学省、総務省、経済産業省の連携により推進されている「未来の学びコンソーシアム」において、 2019年9月を「未来の学び プログラミング教育推進月間」とし、全国の小学校にプログラミング授業への取り組みを呼びかけている。 株式会社 Preferred Networksは、この取り組みの協力企業として「自動化の進展とそれに伴う自分たちの生活の変化を考えよう」というテーマで、 学習指導計画やビデオ等の教材を提供している。

番外編:コンピュータにはまり続けた子ども時代

面白かったのは「理科」、仕組みを知ることがとにかく楽しかった

小学校の頃は、面白いと思ったのは理科でしたね。炎色反応だとか、百科事典に載っている宇宙の仕組みだとか、そういったものを見る、知ることが好きでした。『子どもの科学』などの雑誌もずっと読んでいましたし、図書館に行って本を読むことも好きでした。

プログラミングとの出会いはBASIC

小学4年生か5年生の時に、父がたまたま借りてきたプログラミングの本でBASICの存在を知って以来、コンピュータが早く欲しい!という思いでいっぱいでした。中学に入ってやっとパソコンを買ってもらってからは、コンピュータがなんで動いているのか、その仕組みが気になって低レイヤーの技術を知ることに夢中でした。中学、高校はずっとコンピュータばかりで、新宿にかつてあったパソコンショップ兼本屋さんに通って、買ってきたパーツで遊んでいました。コンピュータに必要な数学、線形代数や微分・積分の必要なところは勉強しましたが、計算するのはコンピュータがやればいいと思っていました。

仕組みを知ることで増すコンピュータの面白さ

鍵を握るのが深層学習なのかなと。こういったデバイス、OSが発展してきて、CPM、MS-DOS、Windowsと成長してきた姿を見たのですね。それは強烈な印象になって、裏側(動く仕組み)も、表側(目に見える部分)も見てきた。まさにプログラミングパラダイムが変わろうとしていて、コンピュータによってできることがまた格段に増えようとしている。そこの過程を子どもだから深層学習は難しいだろうと隠すのではなくて、見えるようにした方がいいと思います。Chainerチュートリアルは大学生向けですが、小学生、中学生にもきちんと深層学習の概念や、新しいプログラミングのパラダイムに触れられる仕組みを作りたいと考えています。コンピュータがこれだけ進化して、これをベースにしてもっと複雑で高度な世界ができつつある、一緒に歩んでいく必要があると思っています。